大島亮吉著「荒船と神津牧場の付近」での        乳牛の記述について 
山田哲郎

 ヤマケイ文庫につい先ごろ『山 大島亮吉紀行集』が加えられ、その編集と解説を大森久雄さんが担当されたことは既に御存知の方が多いと思います。
 大森さんは解説の345ページで大島亮吉が尾崎喜八の「野の搾乳場」からの流用表現が何ヶ所もあることを指摘し、その一例を大島亮吉の記述と尾崎喜八の記述を併記して示しています。
 それをすべてここに書くことは避け、私は乳牛の毛色に関する部分で大島と尾崎の記述を比べてみます。

◆ 栗いろ、白、黒、ぶち、など、すべて小山のようなゼルシイ種の多産なおとなしい獣達が…

◇栗いろ、白、黒、ぶち、
 すべて小山のような、多産の姫たちが…

◆が大島亮吉、◇が尾崎喜八

 大島亮吉の記述だと、栗いろの牛も、白い牛も、黒い牛も、ぶちの牛も全てゼルシイ種ということになります。
  ゼルシイ種には白も黒もぶちもありません。

 一方尾崎喜八の記述だと栗いろの牛、白い牛、黒い牛、ぶちの牛それぞれが小山のような…ということであり、尾崎は見たままに記述したと思います。大島はなまじっかゼルシイを入れたばかりに間違いを犯しています。
 大島はもう一箇所斑のゼルシイと書いています。それは同書三の末尾に近く(222ページ)「度々スケッチのモデルになってくれた、あの斑マダラ茶色のゼルシイも…」とあります。そういう個体がいたのでしょう。
 
 ここで、大島が手本にした尾崎喜八の「栗いろの牛」について述べてみます。尾崎喜八の詩の舞台は神津牧場ではないのですが、神津牧場がバター生産を主目的とした経営をする関係で、飼育する乳牛の品種を乳脂肪分の多いゼルシイ種(以後ジャージー種)としていたことは知られていましたし今もジャージーが主体です。だから尾崎の言う「栗いろ」はジャージー種を指しているはずです。
 ジャージー種の写真を持っていないのでお示しできないのが残念ですが、思い出したのはかつて大森さんが三好文庫に書かれた「山岳書林漫歩」の「アルプス巡礼2013夏」の中の「その1 山 イタリア篇」の添付画像に、立方形に固めた塩を牛が舐めているのがありました。あの牛がジャージー種ですが栗いろとは違いました。

                       

 ジャージー種の毛色は、白い小班を持つ個体はあるとしても、総体的には淡黄褐色乃至濃褐色が体全体を覆っていて、白、黒の斑はありません。尾崎が見たのは濃褐色だったので栗いろとしたのでしょう。脚部、腹部は色がやや薄い傾向(牡には黒に近いものもある)はありますが斑ではありません。それと、鼻の直ぐ後ろに白い帯状の筋、両眼の周囲を眼鏡のように白い輪があるものがいます。

 では白、黒、斑の牛はどうか?ホルスタイン種です。白も黒も程度に差があり、殆んど白い個体、殆んど黒い個体もいますが、多くは程度の違いはあっても白と黒の斑です。

ジャージー種とホルスタイン種の能力の違い
 ジャージー種はイギリスのジャージー島で作出された乳用牛で、体格は小型。牝成牛で肩の高さ130cm,体重400kg。泌乳量はホルスタインに比べると少ないが乳脂肪分多く5.0%を超え、無脂乳固形分9%。濃厚な味がします。年平均泌乳量:5,600kgホルスタインの2/3。
 ホルスタイン種はオランダ原産で、牝成牛の肩の高さ141cm、体重650kg。泌乳量多く飲用牛乳の殆んどはホルスタイン種の乳。乳脂肪分3.2〜3.5%、無脂乳固形分8%。ジャージー種の乳に比べるとやや淡白な味です。
年平均泌乳量:8,000kg

 ごく大まかに言うと以上の如くです。

ジャージー種とホルスタイン種を一緒に飼育する理由
 牛酪(バター)の生産を目的にする神津牧場でホルスタイン種を飼育する目的は良く分かりませんが、仔牛用粉ミルクの無かった大正年代だとジャージー種の仔牛に飲ませるためだったのではないでしょうか?。
 飲用牛乳用に乳牛を飼育する牧場では、飲用牛乳の規格基準に合うかどうかが問題です。乳質は与える餌の種類、乳期(分娩から次の出産前までの泌乳量の経過)の初期、最盛期、終末期で乳成分が変動します。一頭一頭の牛の乳を合わせた時に乳成分(主に乳脂肪)が不足していると思う時には乳成分の濃いジャージー種の乳を加えて規格基準に合うように調整するのに使うのです。勿論全ての牛乳生産者がしている訳ではないことをお断りしておきます。

 以上、大島亮吉が『荒船と神津牧場付近 二』に書いた牛の記述で気が付いたことと、関連事項について述べました。

 なお、ジャージー牛、乳牛の品種についてはインターネットでジャージー牛と入れれば詳しく出てきます。